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東京高等裁判所 昭和50年(行コ)10号 判決

控訴人 小野正春

被控訴人 国

訴訟代理人 持本健司 荒木文明 ほか二名

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人は控訴人に対し金一一万円およびこれに対する昭和四五年九月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その二を控訴人の、その一を被控訴人の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  当裁判所は、当審において改めて審究した結果、控訴人の本訴請求は、後記「監獄法(抜粋)」と題する箇所(本件雑誌中三九頁から六五頁まで。以下「通達類の部分」という。)の閲読を不許可にしたことを理由とする慰謝料として金一〇万円および弁護士費用の損害賠償金一万円ならびに後記遅延損害金を求める限度で正当として認容すべきであるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は、左記に訂正付加するほかは、原判決の理由説示(原判決二二丁表から三七丁表五行まで)と同一である。

(一)  控訴人は、監獄法三一条が憲法一九条、二一条に違反する旨主張するが、そのしからざる理由については、原判決の理由二(原判決二三丁表九行目から二四丁裏一〇行目まで)に説示しているとおりである。

なお、控訴人は、監獄法三一条二項、同法施行規則八六条等の法令の規定が憲法の要請する、いわゆる法律による行政の原則に反する旨主張するが、行政作用のすべてにわたり形式的な意味での法律により規定しつくせるものではなく、法律の委任に基づき、又は法律を実施するため一定の範囲で行政権により命令を制定することは妨げないと解すべきであつて、監獄法三一条二項は在監者に対する文書図書の閲読を制限し得る旨を定めるとともに、その制限の具体的内容を命令に委任し、これを受けて監獄法施行規則八六条が定められており、右委任は国会の立法権を実質的に没却せしめるような無制限な一般的・包括的委任ではなく、立法権のもとに対在監者という一定の関係において右の一定事項を委任したものというべきであるから、いわゆる法律による行政の原理にも違背するものではない。

(二)  控訴人は、原判決には本件不許可処分当時における集団公安事件の発生につき、当事者の主張しない事実を認容した違法があると主張するが、かかる間接事実を認定するには当事者の主張を要しないから、その認定にはなんらの違法も存しない。

(三)  そこで、本件雑誌中に含まれる前記通達類の部分の閲読をも不許可処分にしたことが違法かどうかについて検討する。

(1)  甲一号証(本件雑誌)を検するに、右通達類の部分は、一二四頁から成る本件雑誌中、三九頁から六五頁まで二七頁にわたり、他の記事と区別して掲載されている。さらに、右通達類の部分の内容をみると、四一頁中段から四二頁中段までに掲載されている「被拘禁者処遇最低基準規則」(国連会議における決議中の「被逮捕者および未決被拘禁者」なる事項に関するもの。)のほかは、収容者の処遇ないし取扱に関する運用についての訓令、通牒、通達である。

(2)  ところで、かかる訓令、通牒、通達なるものは、上級官庁がその指揮監督権に基づき、所管事務について下級官庁に対してする命令又は示達であり、行政組織内部のものであつて、直接、一般国民を拘東することを目的とするものではない。したがつて、かかる通達類は、行政庁が、すすんで収容者に対して積極的に開示することを予定したものではないが、さりとて、元来、外部に知らせる目的で発せられたものでないからといつて、その内容を知る利益を有する者が、かかる通達類の掲載された図書の閲読を求めているのに、これを拒否して、右通達類の内容を秘匿しなければならない理由はない。すくなくとも、本件の通達類の部分には、これを秘匿しておかなければならないような機密にわたる事項が含まれているとは認め難い。また、甲一号証を検討しても、右通達類の部分が、ことさらに内容を曲げて編集され、又は意図的ないし暴露的な表現をもつて掲載されているとは認められない。また、これを閲読したからといつて、そのことにより収容者の逃亡や罪証隠滅に役立つたり、所内秩序のびん乱をきたすとは考えられない。しかも、実際上、かかる通達類の内容に示された取扱や処遇の基準にしたがい、所内の生活が規律されていることを考えれば、収容者がその内容を知るため、その閲読を求めることをもつて不当視することはできないし、所定の基準を下廻る等不当な処遇を受けた収容者が基準どおりの正当な処遇を求めること自体、非難すべき理由はない、

(3)  およそ、監獄内では、多数の収容者を集団として管理するにあたり、その秩序を維持して正常な状態を保持する必要があり、また未決勾留の目的に照らし必要な限度において被拘禁者の自由に対し合理的制限が加えられるのは当然であるが、身体行動の自由を拘束され外界と遮断されている未決の被拘禁者にとつて、図書の閲読は、知識を得るための唯一の機会であることを考えると、本件雑誌中の他の部分の閲読が不相当であるとしても、本件通達類の部分をも含めて、閲読を不許可にした処分は違法といわざるを得ない。

(4)  そして、本件通達類の閲読を禁止すべき理由のないこと、以上のとおり明らかであるのに、中野刑務所長が、他の部分と併せてこれを不許可としたのは、少くとも同所長に判断を誤つたという過失があるものというべきである。

(四)  被控訴人は、仮りに、本件通達類の閲読を不許可にした処分が違法であるとしても、限られた職員数をもつて処理にあたらなければならない等の事情を勘案すれば、右不許可処分も、なお合理的裁量権の範囲内の行為として是認すべきであり、また、一部の削除ないし抹消の方法をとるか全体として不許可とすることが許されるかは、必ずしも一義的に明らかなものではなく、解釈の微妙な法律問題であるから、仮りに不許可処分に違法があるとしても、刑務所長の処置はやむをえなかつたものであり、これに故意はもとより過失も存しない旨主張する。

なるほど、所内の限られた職員をもつて、多量の図書につき繁雑な削除、抹消等の作業を実施することは容易でないばかりでなく、当時における中野刑務所の収容状況に照らすと、集団公安事件の激増にともない、この種収容者をも多数収容せざるを得なくなつたにも拘らず、なお従前のままの職員数をもつて保安、戒護に当らざるを得ないため、職員の配置等も手一杯で、所内における規律違反行為の発生も顕著となつていたことは前認定のとおりであり、かかる状況のもとで、看守に対する不信感、敵対意識をあおるおそれのある記事が多く掲載されている本件雑誌を閲読させると、所内の戒護能力では制止困難な規律違反行為をも誘発しかねないことが憂慮されたであろうことは、前認定事実からこれを推認するに難くないけれども、既述のように、本件雑誌のうち、少なくとも右通達類の部分は、他の記事と区別し一括して掲載されているから、この部分だけを切り離して綴つたうえ閲覧させる等しかるべき方法によるならば、少数の職員でも、かかる事務に対処することが不可能であつたとは考えられず、また、それほど煩雑な作業にもならないと考えられるのであつて、叙上に認定した諸般の事実を考慮すると、被控訴人の右主張は採用できず、少なくとも、右通達類の部分を不許可処分をしたことについて過失の責は免れない。

(五)  よつて、被控訴人はこれにより控訴人のうけた精神的苦痛につき、国家賠償法一条により、慰謝料を支払う義務があるというべきである。

(1)  そこで、慰謝料の額につき按ずるに、控訴人が本件雑誌全体の閲読不許可処分によりこうむつた精神的苦痛の慰謝料としては二五万円が相当であると自ら主張していることのほか、本件において認められた一切の事情を総合考慮すると、本件通達類の閲読が不許可となつたことにより控訴人がうけた精神的苦痛の慰謝料としては、金一〇万円をもつて相当と認める。

(2)  次に、控訴人が本件訴訟の提起を弁護士に依頼する際、弁護士費用として五万円を支払う旨約東したことは、弁論の全趣旨によつて認められるところ、事案の内容、認容された慰謝料額その他諸般の事情を勘案し、右弁護士費用のうち、金一万円をもつて本件違法行為と相当因果関係にある損害と認める。

(六)  よつて、被控訴人は控訴人に対し、以上合計金一一万円、およびこれに対する右違法行為の後である昭和四五年九月一日以降右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、控訴人の本訴請求は右の範囲にかぎり正当として認容すべきであるが、その余の請求は失当である。

二  以上の次第であつて、右と異なる原判決は一部不当であるから、主文第二、三項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用したうえ、主文のとおり判決する。なお、仮執行は、相当でないので、これを付さない。

(裁判官 瀬戸正二 小堀勇 青山達)

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